なにかできることひとつ、それが偽善でも。

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私は変わらない。

今まで通り、買いたい物を買い、
今まで通り、食べたい物を食べ、
今まで通り、行きたい所へ行き、
今まで通り、逢いたい人に会う。

私は変わらない。

宗教で世界が救われるなんて思わないし、
私が信じる神様がいるとするならば、
それはサッカーの神様だけ。
信じているのは、
自分で感じたもの、その全て。
自分で対峙したもの、その全て。
見たこともない神様を
おいそれと信じることは出来ない。

これは私個人の極私的な思想。

だから私は自分の思想を
人に強制しないし、
人が信じるものを
否定したりはしない。
また強制されたくない。

これまでと同じ。

私は変わらないのだ。

自分が思ったことを、
自分が考えたように行動する。

これまでと同じ。

ずっと私に出来ることを考えていた。

それなりに生きられている人間が、
明日のことさえ見えない人達の気持ちを理解できるはずがなく、
可哀想と感じることも偽善ではないのかと思う。
自分が同じ立場になれるのか。
そう考えた時に、絶対に同じ立場になれる。
そう思える人だけは彼らを憐れんでもいい。
でも私は明日をも知れない人生を生きる勇気がない。
理解しようとしたって、怖くて、出来ない。
私が彼らに感じる心はすべて偽善なのだ。

そうと分かっても、やりたい気持ち。

変わらなかった。

全員を助けることはできない。
世界もそう簡単には変わらない。
だから顔の見えない誰かではなく、
たった一人だけでいい、顔の見えるその人、
その人の人生を少しだけ支えたい。
ほんの少しの力しかないから、
ほんの少しの力を使って。

チャイルドスポンサーを始めた。

団体を紹介する気はない。
やりたい人はきっと自分の心に従う。
だから放っておいても辿り着くでしょう。
キリスト教の精神に基づいた活動。
団体の信じるそれは全く私と違うけれど、
私の支えが布教活動に使われたりしないか、
調べ抜いた今でも疑っている部分はあるけれど、
でも騙されるにしたって、
これはやってみないと分からない。

今は自分の心に従うだけ。

いくつかのリクエストを出し、
縁を持つことになったエチオピアの少年。
7歳のアベベ。
彼の写真は笑っていなかった。
大きな瞳で見ているだけ。
ボタンの取れたシャツを着て。

いろんなことを思った。

軽率にやることは、
結局誰の為にもならないと思う。
やるからにはちゃんとやらなきゃとか、
続けることが出来るのかとか。

でも決めた、やろう。

このブログはその気持ちが揺らいだ時に読もうと思って書いている。

一生逢うことはないのかもしれない。

でもそれでもいい。

彼の人生が今よりも良くなれば。

助けるとかそんな上から目線じゃなく、
エイズが流行し、死亡年齢の低い国、
内戦続きで貧困の状況から抜け出せない国、
そこであっても
彼が強く生き続けてくれることが
私のひとつの希望になる。
私は変わらないけれど、
一人だけなら、
支えられる気がする。

手紙を書くね、アベベ。

Posted by315

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