Pieces of a Dream

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日本代表、決勝トーナメント出場決定の朝です。

こみあげる想いに逆らわず、
思う存分、気持ちを爆発させました。
涙も手のひらも声も出したいだけ出して。
ほんとうに嬉しいときって体の全てが弛緩するんですね。
全身ヘロヘロ状態の大騒ぎ。

ここまでの喜びはもう何年も忘れてた。

サッカーの90分を人生に例えた人がいました。

西郷もそう思います。

努力をしても勝てるとは限らない。
でも努力をしなくては
そのステージにも立てない。
いいことばかりじゃない、
辛い時間のほうが長いときもある。
運が実力を超えることも。
そばにいる人を信じること。
勝ったと思っても、
人は評価してくれないかも。

でもその喜びの一瞬の為に、あらゆる犠牲を払って、挑戦をすること。

あきらめたら、そこですべてが終わること。

うちらの代表は落第生から始まったようなもの。

西郷自身もこの代表には
負の感情を引き出されまくり。

キリキリと怒りで眠れない日々が続きました。

と言っても1992年オフトから始まった代表と一緒の旅は辛いことだらけ。

一瞬のカタルシスを得られた2002年決勝トーナメント進出の瞬間。

ベスト16のチケットを持っていた西郷は
チュニジア戦を祈る想いで見ていました。
このチケットに日本来い!と。
モリシーが決めて、ヒデが決めて!
まさに狂喜乱舞の喜びを持って臨んだVSトルコ戦。

西郷は目の前で代表の敗戦を見たのです。

腱鞘炎になるかと思うほどのチケット争奪戦を勝ちぬき、やっと手に入れた1枚のチケット。

そしてそこへ願いどおり日本が来たと言うのに、
肩を落としてピッチを去る選手達の姿を見て、
悲しみの涙は止まりませんでした。

今でも覚えています。

あの日、仙台は大雨。

涙は雨と一緒に流れていきました。

でもそのときに決めたんです。

もう一度、あの瞬間に味わった喜びを一緒に。

代表のいるところ、
行けるところには参加しました。
しかし牛歩の我が代表、
監督が変わるたびに上下する力。
嬉しい日もあったけど、
厳しい日も多くあって、
勇んで参加した
ドイツワールドカップは
二敗一分、しかもその二敗は大敗。
それをすべて見届けるはめに。
史上最悪の悲しみを抱えて帰国したのです。
今でもあの痛みを覚えています。

また負けちゃうんじゃ?

しばらくは勝っていてもそう考えてしまう自分に
強制的に「信じる」という言葉を植えました。

一緒に強くなっていこう!

そう決めて岡田ジャパンにも着いてきたのに、
ギリギリまで不安は解消されることなく。

なんでしょう?

出来ない息子を持った
親の気持ちってこういうのかな?
見捨てることはできないのに、
なんかもう罵詈雑言を吐きたくて仕方ない。
しっかりして!とお尻を叩きにいきたくなる。
こんなんなら出てくれるな!と思ったこともあるし、
信じると決めた心が揺らいだこともあった。

でもやっぱりなんだかんだで好きなのです。

弱小日本と言われたら、
ものすごく腹が立ちました。
なんにも知らない癖に!と
知ってる人が言っていても
言い返したくなったり(笑)

でも選手達は言いました。

批判に晒されながらも、
日の丸を背負って戦うと
みんなの期待に応えたいと。
まっすぐに答えるその姿を見て、
信じてあげなければと心から思う気持ち。
どんなにムカついていても
やっぱり一緒がいいと
ここまで来たのです。

サッカー日本代表は西郷の夢。

彼らが仲間を信じ、
泥だらけになって戦う姿を見れば
自分自身も鼓舞します。
私はまだまだ生半可で
どうしようもない奴だと思います。
でも自分のために頑張ることで、
誰かの夢になれるのでは。

彼らを見ているとそんな風にも思えてくるのです。

2002年と同じ喜びをやっとまた味わえました。

やっと一歩進んだ。

でも次の一歩こそが
新しい夢への第一歩になる。

このブームが去っても、西郷は最後まで一緒に行きます。

果てしない大きな夢をまだまだ一緒に見るために。
Posted by315

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